CCS特集2024年夏:Preferred Computational Chemistry
機能強化で96元素に対応、個別に機械学習力場構築も
2024.06.25−Preferred Computational Chemistry(PFCC)は、深層学習を活用した原子シミュレーションを行うクラウドサービス「Matlantis」を提供。事業開始から3年になるが、ユーザーは順調に増え、80社以上の契約を獲得している。また、昨年5月に米国、12月から欧州にもサーバーを設置して海外ユーザーに対するサービスも開始しており、今後大きな拡大が期待されている。
同社は、深層学習の社会応用で注目されているPreferred Networks(PFN)と材料研究のノウハウを持つENEOSが合弁で設立した企業。“PFP”(Preferred Potential)と呼ぶ独自のニューラルネットワークポテンシャル(NNP)を利用し、ポテンシャルが存在せず計算できなかったような複雑な材料系に対しても、計算化学シミュレーションを可能とする道を開いた。PFNが所有するスーパーコンピューター資源を大量に使用し、大規模に実施した密度汎関数法(DFT)計算結果を学習させており、PFPによる分子動力学計算によって、DFTと同等の精度の計算結果をDFTを行う場合の2,000万倍も高速に得ることができるという。
最新のPFPを使用したMatlantisは72種類の元素に対応し、有機物や金属錯体結晶を含め、4万7,000原子という大きな系を解析できるが、今年夏にさらなる機能強化を予定している。対応元素種は96元素(原子番号96番までを完全カバー)となり、自然界に存在するすべての元素を網羅。加えて、ユーザー自身で個別の状況に合わせた機械学習力場を構築する新機能「LightPFP」の提供も開始する。Matlantisの機能を利用して、PFPで計算した結果をもとに、学習も効率化してNNPを構築するため、通常なら数カ月かかる作業を数日で終わらせることが可能。結果的にピュアなPFPよりも計算負荷が軽くなるため、原子数が82万以上という大規模・長時間シミュレーションも可能になる。今年10月には第1回Matlantisユーザー会をリアル開催する予定であり、海外展開も合わせてさらに普及に弾みを付ける重要な年になりそうだ。
一方、親会社のPFNはさまざまな産業界に向け、共同研究のスタイルで深層学習の社会実装を推進しているが、今年4月から創薬研究向けの計算サービス「P-FEP」を開始した。これは、標的に対する医薬品候補化合物の結合性を評価する自由エネルギー計算(FEP)を高精度に実施するサービス。この手法はすでに大手製薬会社等で用いられているが、GPUが必須であり、計算コストが非常に高いため、インシリコスクリーニングで多数の化合物を評価したいなど本格的に利用するには障壁が大きかった。
P-FEPは、PFNが所有する大規模・高性能なGPUスパコンを活用し、短納期・お手頃価格で利用できる受託計算サービス。ユーザーは、計算環境や計算ソフトの手配、計算化学の専門家による準備などの工数が不要。計算したい化合物の構造を用意するだけで、容易に予測結果を得ることができる。
具体的には、RBFEP(Relative Binding Free Energy Perturbation)で実行する独自コードで計算するもので、多くのタンパク質に対して入力した化合物の結合能を誤差1.0 Kcal/mol 以下の精度で予測することが可能。PFNには、GPU(NVIDIA V100)1,024個を搭載した「MN-2A」、GPU(NDIDIA A100とA30)を合わせて420個搭載した「MN-2B」という2台のGPU型スパコンがあり、驚異的な計算能力でセキュアにFEP計算を実行できる。同社にはさらに、神戸大学と共同開発した深層学習用チップ「MN-Core」を搭載したスパコン「MN-3」もあり、こちらは現在Matlantisの計算基盤としても整備中で、ENEOSによる検証が行われているということだ。7ナノメートルプロセスで製造する第2世代「MN-Core2」を搭載した新型スパコンも構築中で、年内に運用開始する予定。