FMO計算でヒドロキシアパタイトとペプチドの相互作用解析に成功

東大・立教大などの研究グループが実施、生体材料の機能設計に道

 2015.05.09−東京大学生産技術研究所の加藤千幸教授、立教大学理学部の望月祐志教授、日本大学松戸歯学部の福澤薫助教、みずほ情報総研の加藤幸一郎コンサルタントらの研究グループは、歯の表面の主要成分であるヒドロキシアパタイト(HAp)とそれに結合する微小タンパク質(人造ペプチド)の相互作用を、量子化学計算を用いて世界で初めてシミュレーションすることに成功したと発表した。特定のアミノ酸残基が結合に強く寄与していることと、そのメカニズムを明らかにしたもの。国産のフラグメント分子軌道法(FMO)ソフト「ABINIT-MP」を利用した成果で、ナノバイオテクノロジー領域の論理的な機能材料設計に道をつける研究として注目される。

 今回の共同研究は、東京大学生産技術研究所を拠点とした文部科学省次世代IT基盤構築のための「イノベーション基盤シミュレーションソフトウェアの研究開発」、ならびに文科省「HPCI戦略プログラム(分野4)次世代ものづくりプロジェクト」(ともに研究代表は加藤千幸教授)の関連で行われた。ABINIT-MPはこれらのプロジェクトによって開発されてきたプログラムの一つ(ABINIT-MP関連のサブグループリーダーは望月祐志教授)で、プロジェクトのホームページから無償で入手することができる。

 ABINIT-MPの実用化については、4体までのフラグメント展開を行うFMO4法の導入、シリカとペプチドとのナノバイオ界面の相互作用解析など、段階的に進められてきた。とくに、FMO4によってバンドギャップを有する三次元の固体結晶を精度良く扱うことが可能になったことに加え、計算対象となる結晶も前回のシリカ(共有結合性)および今回のHAp(イオン結合性)という具合に、幅広い系に対応できることが証明されたことになる。これにより、ナノバイオ領域の境界/界面の問題を扱う設計・解析ツールとして、ABINIT-MPの実用性は大きく高まった。

 ABINIT-MPの最新版はバージョン7で、小規模なPCサーバーからスーパーコンピューター「京」まで幅広い計算機環境で利用できる。現在提供されているのはバイナリーコードのみだが、開発グループはソースコードの公開準備も進めており、2015年度中にはソースの共有と機能強化のためのコミュニティを発足させる予定だという。

 用途としては、創薬分野が最も進んでおり、標的タンパク質のアミノ酸残基と薬物分子との相互作用解析で優れた成果が得られている。これに続く用途として注目しているのが今回のナノバイオ分野で、特定の固体表面を認識するアミノ酸配列の探索などを通じ、機能性生体材料開発やデバイス開発への応用を狙っていく。また、ポスト「京」に向けてのターゲットとして、高分子材料や化学工学分野への展開を考えているということだ。

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 さて、今回の共同研究だが、計算対象は1,408原子からなるHAp結晶と、これに結合することが実験的にわかっている5残基の人造ペプチド(グルタミン酸−セリン−グルタミン−グルタミン酸−セリン、略号=ESQES)の複合系。HApはイオン性結晶であり、シリカの場合よりもフラグメント分割の方法が難しかったが、イオンの成分に着目して全体を741のフラグメントに分割した。ペプチドの方は、生体内での構造の揺らぎを考慮し、あらかじめ3系統の構造を組み立てて分子動力学(MD)シミュレーションを行い、全部で30個の構造サンプルを作成した。水和を考慮するため水分子(160個)も配置し、全体をFMO4-MP2計算で解析した。

 計算機としては、民間でも導入しやすい96コアの小型サーバーを使用し、1構造当たり約3時間で計算が実行できたという。今回の系に合わせたパラメーターの最適化がうまくいった結果、効率良く計算が行われたようだ。

 解析の結果、ペプチドの構造パターンによって結合時のHAp表面との相対的な位置関係がかなり異なることがわかったが、いずれのパターンでも共通してC末端のセリンが最も顕著に結合に寄与している(吸着における安定化相互作用が強い)ことが明らかになった。とくに、HAp表面で隣接するリン酸イオンからセリンへの電荷移動が本質的な要因であるとの結論を得た。また、専用の可視化ソフトである「BioStation Viewer」を使って、こうした解析結果をわかりやすく示せたことも、ソフトの普及や産業界での活用を目指すうえでの大きな成果であるとしている。

 HApは歯の表面のエナメル質の90%を構成する物質であるため、今回の知見はレジンなどの歯科材料を歯と強く接着する接着性ペプチドの設計に直接役立つ可能性がある。アミノ酸配列の改変や官能基の修飾などを行うことでより接着性の強いペプチドに改良できるほか、歯科材料と重合する官能基を導入するなどのアプローチでも、新しい接着剤開発につながると期待されるという。













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<関連リンク>:

東京大学革新的シミュレーション研究センター(トップページ)
http://www.ciss.iis.u-tokyo.ac.jp/

イノベーション基盤シミュレーションソフトウェアの研究開発(ABINIT-MPの紹介ページ)
http://www.ciss.iis.u-tokyo.ac.jp/riss/project/molecule/deitail.html

イノベーション基盤シミュレーションソフトウェアの研究開発(ダウンロードページ)
http://www.ciss.iis.u-tokyo.ac.jp/riss/dl/download/


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